数では表せぬ、気持ちの問題だ

タイトルはシャワーを浴びていて、鏡に映った全身のタルミに対する複雑な気持ちと、ダイエットに対するモチベーションのあり方を表現した言葉(笑)
最近家ではジャズのCDがよく流れていて、ドライブするときもジャズが爆音で流れている。
とにかくタルんでいる。でも、このタルミから抜け出すために何かをするという気にはならない。このままじゃ最近髪型を変えたうちの犬に吠えられそうだ。
明日からは、俺の夏第二弾が始まります。ワン。
携帯からは書きづらいなあ。

遊んではくれない最近のギャル。

昨日は新潟に大泉洋さんのいる劇団の舞台を見に行ってきた。初めて観る舞台だったし、初めての生ナックスだった。彼らの舞台を観られてよかったと思う。彼らの舞台のよいところはオリジナリティーと俳優陣のアツさだ。あと女性ファンが大喜びするであろう親しみやすさ。
感想を書き連ねるとわけがわかんなくなりそうなので、ひとつだけ。どんなに女性ファンが多かろうと、それが足かせになろうと、機動力になろうと、そんな集団にも必ず女性ではなく男モテするやつは必ず一人いる。それが誰かは言わないけれど、今回はその某脚本さんに胸打たれた。俺は彼の最後の最後のしぐさにたまらなくグッときた(ちなみに俺はその気はない)。
寝坊して迷惑をかけたベッティーさんとさっちゃんすんまへんでした。

で、今日は何もせずごろごろしていた。それもなんだから夕方おかんの車を洗い、親父を街まで送った。そんで、タバコを買いに家から離れたコンビニ(アメスピは田舎じゃ大変だ)へ寄って帰ろうとしたら、そこで女子高生と思しき三人組が、

「すいませーん、○○町ってわかりますかあ」

と、話しかけてきた。聞けばお金がなくて行きたい場所へ行けないらしい。こんなことはあまりないので、車に乗せてその子たちを某田舎町へ連れて行ってあげた。

俺ははじめは運転していてまるでいかがわしい運転手のような気分になりかけたが、彼女たちが話しかけてきてくれたのでそんな気分はごまかされた。
なにやら彼女たちは友達の家に向かうようだ。富山で遊び場所はないらしく、たいていどこかにたまっているらしい。高校一年生と聞いてびっくりしたけど、イキイキしていた。恋に遊びにと尖っている。
俺も知らない道だったけど彼女たちが教えてくれた。それでなんとか、目的地に着いて彼女たちを送り届けた。とにかく遊び場所の少ない富山だ、自分たちの遊びを十分に楽しんでくれ!特に名乗りもせず、自己紹介もせず俺はアッシー(死語か!?)に過ぎなかったけれど、楽しませてもらったよ。たぶん、もう会うことはないだろう。車の中に流れていたのは、サニーデイサービスの『MUGEN』だった。

はろー!

みなさん、こんにちは。どうもお久しぶり。俺は元気です。

俺は今実家の富山に戻ってきてるんだけど、ご存知のとおりバイクの旅は続行中。今は一時静養中といったところかね。とりあえずこれまでの工程をおさらいしておこう。

8月11日 東京から水戸へ
8月12日 水戸から仙台へ 
 福島の道の駅のおっさんの訛りが激しく、長い話の中で聞き取れたのはおっさんが山形から来たということだけ。
8月13日 仙台から八戸に行きフェリーで苫小牧へ 
 走りがつらかったにもかかわらず二時間しか寝られず。
8月14日苫小牧から札幌へ

―札幌滞在―

8月21日 フェリーで苫小牧から新潟へその日は新しい友人の家でお世話になる。
8月22日 新潟から富山へ
ひどい雨で故郷は俺を迎えてくれた。洗い流せってことだったのかな?

っていうのがこれまでの旅の工程である。これまでの道中俺を泊めてくれた、細野さん、トモ、エリ、ナオちゃんに多謝。今の我が家である東京に着くまでが今回の旅だ。結論付けるのはまだ早いけど、今感じていることを少し。

俺はまだできるし、これで終わりじゃない。だが旅には埋没しない。絶対に。今回の旅で俺は幾つかの事にとりあえずの終止符を打った。道は枝別れ、またいつか交わる日まで俺は俺でなくちゃいけないし、そうありたい。俺は毎日排気ガスで顔がまっ黒になるまで走って、それを洗い流した。今回の旅はその行為がいろんな意味で象徴的だった。日に焼けて顔が黒くなり皮とともに、いろんなものが剥がれ落ちていくのがわかる。北海道の山の中で、夜中迷子になったとき見た月と、それを反射して輝きながら流れる川の美しさに強く胸を打たれた。それは誰も知らなくても存在する美しさだからだ。それは静かに存在する美しさというもののヒントを俺に教えてくれた。耳を澄まし目を閉じ光を感じながら、暗闇の中でも自分が明るいと思う勘だけを頼りに、たどり着くところに俺は行きたい。そこで会う日までアディオス!

たどり着いたらそこがスタートだ。

仁忠奉国の臣、芹沢鴨でああるぅぅぅ!

どうも、お久しぶりです。突然ですがわたくし水戸におります。
新選組初代総長の芹沢鴨が死に際、自分の骨を撒いてほしいと言った(のか?)場所である偕楽園のすぐそばにあるビジネスホテルにいます。
アイヌモシリ一万年祭とオンセンズというバンドのライブに参加するために北海道に向かう途中で、ホントは大洗からフェリーで北海道に行くはずだったのが、フェリーの予約がとれず道路で北海道へ行くはめに。
実家から戻ってきたのが昨日で、準備をしたのが昨日のこと。そして、イベント用のCD作成にてこずり、午前中出発の予定が、夕方出発。
いつもの道でないうえに、走る道、訪れる場所、見る景色すべてが初めてのことが多いからビクビク&ドキドキでなかなか楽しい。…が、出発が遅いから走る時間が夜になってからもなかなか水戸に着かず(目標にしていたわけではないけど)、景色も見えない暗い道をひたすら飛ばすのはあまり気持ちのいいことじゃなかったなあ。当然俺は壊れかけるが個人的に馬鹿ウケで半分笑えない看板の合わせ技でなんとか自分を取り戻したところでやっと水戸へ。
途中、途方も無い距離を走っている気分になるが、今思うと目的地を決めないで走っている人たちにとっての途方もない距離ってなんなんだろうって考えが頭にちらついている。当然俺はそちらに属していないんだろうと思うが。
とにかく水曜どうでしょうの企画の恐ろしさを身を持って体感している次第です。
PS北に向かうにつれて人の話す言葉が変化していく様子はなかなかいいよ。

では明日もあることだし、おやすみ。明日はどこだろう?

川べりの捨て子と耳打ちされた男の物語。

今日は我が家にサークルの友人のキムケがやってきた。二人でいろんな話しをして、夜に某ジャズ喫茶に行く。二人であられもない話していると実家の兄貴から連絡があった。それは「ある知らせ」だった。その知らせを聞いた俺はとたんにうれしくなった。体の内側から無条件に出てきて、そして出所の分からない不思議な喜びだった。顔が一気にほころんだ。「おめでとう」と伝えた。

夜遅くになって友人AB氏が来て秋口にある今年の一大イベントの一つに関する打ち合わせをした。
奴は最近急成長をしている(いつでもそうおもうのだが)。
キムケにはヴードゥーのお守りの「Happiness」をあげた。

ちなみに、俺はとうとう来年の三月で「おじさん」なるらしいのだ。へへ、悪くない。

アイリッシュ・ローバーと8人のごきげんなオヤジ。

今日は何の日?

「テストの日」

まあ、そうだったっけな。

「台風の日」

まだ風吹いてないもん。個人的に吹き荒れているが・・・

「ん、個人的に吹き荒れている?じゃあ何、ハートブレイカーな日?」

そうだな、ある意味砕けてるね。

「?」

というわけで今日はポーグスのライブの日だったのだ!
久々に狂いましたね。憧れの♪憧れの♪憧れの♪シェーン!を見てきたのだ。奴は俺がジャケ写で知っている姿よりもずいぶんサイズアップしていた。例えるなら水の代わりにウィスキーとギネスをたっぷり入れて膨らませた水風船、ならぬ「酒風船」。そう、ブクブクに太っていたのだ。他のメンバーもお年を召したようで見た目はおっさんだった。

だが、しかしだ!奴らは類稀なロックンローラーだった。ふらふらで倒れてもよれよれでやってきたのはシェーンだった。奴はライブ中も酒(恐らくウィスキー)を手から離さず、よれよれなはずなのにぴんぴんしていたし、間違いなくポーグ・マホーンの光線を出していたた。アコーディオンのジェームス・ファアンリィーは蛇腹をまるで真上から叩きつけるように閉じたり、これでもかと思いっきり広げたりしながら右往左往にダンシングしていた。奴のステージアクションは俺が初めて触れたロックンロールの塊を思い出させた。そして、ティン・ホイッスルのスパイダーはポール・ウェラーばりの伊達男。ベースのダリル・ハントはダウンピッキングオンリーではなく、オルタネイトピッキングオンリー!(指を降ろすんじゃなくて、「上げて」はじく!)ギターのフィルの持つグレッチ・カントリージェントルマンは美しかった。
とにかく奴らはぶっ飛ばしていた、そして俺は久々に満足を通り越してあふれ出していた!

ライブのさらなる詳細は会ってその気になったら話します。ライブが終わって外に出てみると風も雨もやんでいた。アイルランドから運ばれてきた風に日本の台風はたじろいだのかな?ライブに一緒に行った友人はフーリガンにぶっ飛ばされ、初めて東京のライブを体感した友人は空間に圧倒され、俺は下半身がへなへなになった。そしてみんなとゆっくりお茶を飲んでクールダウンしてから家に帰ってきた。

今日目の前にしてきたいくつかの光景はこれから何度俺の脳裏にフラッシュバックするんだろう、そんなことが楽しみでしょうがなくなった一日だった。

How to ゲリラ!?らりぱっぱ♪

高校時代の同級生が体育大会の応援合戦の打ち合わせでどんなないようにするか決めていたとき「私はあ、ゲリラっぽくさあ、どうたらこうたら」と言った。

当時の俺たち(友人の間で)このゲリラ発言はかなり拍子抜けかつ衝撃的だった。で、それから彼女の裏・ニックネームはずばり「ゲリラ」になった。

彼女は今どうしてんだろう?・・・とは考えないが、ゲリラって一体なんだ?
即興的で突発的で混乱を起こし目的より行為自体に注目が注がれるようなものではなく、常に目的のための最低限のスマートな作戦だろう。

少なくとも俺の人生はゲリラじゃないんだろうな。